世界の劇場をイメージしたときに、まず思い浮かぶのはギリシア・ローマの野外劇場や、イタリア・フランス・ドイツ等の歌劇場でしょう。しかし、古代ギリシア・ローマの野外劇場から近代ヨーロッパ歌劇場へと連続的な発展を遂げたわけではありません。古代のローマ時代に俗悪化し台頭した剣闘等、残忍性の強いスペクタクルと共に、それまで上演されていた芝居等も廃止され途絶えてしまったのです。
劇場を追い出された演技者達は、旅をしながらパフォーマンスを続けました。彼らの舞台は各都市の広場へと展開しました。このパフォーマンスはコメディア・デ・ラルテに代表される様に、オペラやバレエの創造にも大きく貢献するほど発達し、やがて舞台装置等の演出面も本格化していきました。
時が経ちルネッサンス期に入ると、宮廷貴族がギリシア・ローマ時代を再認識することで芸術に興味を抱き始めます。貴族達は広場で行われていたパフォーマンスを自分達の敷地内に招聘しました。そして広場から庭へ、宮殿内へと取り込まれたパフォーマンスはより芸術的なものへと変化していったのです。
テアトロ・ファルネーゼはそのタイミングに登場しました。
この劇場はファルネーゼ宮殿の大広間に創られた、微細な装飾に至るまで木材を使用したU字型の劇場です。木材であることの理由、それは広場で展開していた仮設劇場の名残であったと捉えられます。客席の柱や壁は天井にまでは到達せず構造的に独立していることもそれを裏付けている様に思われます。
「舞台装置と劇場建築の中間的な位置づけ」これがテアトロ・ファルネーゼの自然な理解であり、ゆえに「恒久的な仮設劇場」という不思議な存在を成立させているのではないでしょうか。
その後、劇場の歴史は仮設から固定化、巨大化し、宮殿から離れていきました。ヨーロッパで劇場が再び単独の建築物として独立し民衆の前に開かれるまでには、ローマ時代から実に700年もかかったのでした。
幸いテアトロ・ファルネーゼは改修を経て、現在も見ることができます。
今日の我々の目にはあたかも「外はしっかり創り、中のしつらえは堅く創らない」という理念で創られた劇場であるようにも映ります。そこに現代の設計における、矩体は頑丈に造るものの内装や部屋割り等の諸室計画は固定化せずに将来的な用途の変化に柔軟に対応しようとする理念と通じるものを感じるのです。
(株式会社シアターワークショップ 小林徹也)
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