ニュース

トップページ
検索画面
登録・変更
アンケート
Theatre Workshop
Theatre Support
No.024

公共ホールの現在進行形
(その1 館学協働のすすめ)

 80年代の後半から公立ホールの在り方が変わり始めました。それまでの公立ホールは あたかも建てることが目的である記念碑のようなもので、確かにそんな施設だったとしても成果を挙げてきた事は認めるべきだとは思います。とはいえ、ホール建築はそこで公演が行われてこそ命が与えられるものですから、どうすれば使いやすいのか、使ってもらえるのかという運営面を考えずにはいられません。

 1990年にオープンした水戸芸術館はいろいろな意味で画期的であり、それ以降の公立ホールに与えた影響は大きなものでした。ハード面では専用ホールのコンプレックスでありソフト面では芸術監督制度や理事会・評議員会の構成、あるいは専属上演団体、すべて自主事業など、それ以前の公立ホールとは一線を画したものでした。
 水戸芸術館での試みは日本の文化状況や舞台芸術環境の多くの問題点を明らかにしてくれました。そしてその後、企業メセナ協議会、財団法人地域創造、文化経済学会<日本>など芸術文化を取り巻く社会環境にも新しい動きが起こり、変革がなされてきました。

 21世紀へとつながる流れの中でもうひとつの重要なポイントはプロフェッショナルな、高度な舞台芸術を目指す流れとは別に、底辺を拡大し裾野をひろげてゆこうとする流れです。日本人の生活の中で劇場へ行くという習慣が失われ、公立ホールが一部の愛好家のためだけの施設になりがちであったのですが、90年代半ばからは新たな観客を創出してゆこうとする動きが現れています。民間人が館長を勤めたり、NPO法人が運営を行ったり、ホールサポーター組織や文化ボランティアが全国各地で活躍しています。
 大学教育においてもアーツマネジメント関連の講座を持つ大学が40校近くあるそうです。専門の学科の創設も進んでいます。早稲田大学でも4年前から「劇場人」を養成するための講座が開講し、今年度では関連する講座が2ケタになりました。公立ホールの財団や関連企業に就職して、「劇場人」の仲間入りをしたものも出てきました。

 僕は「劇場人」養成のための講座を開設するときからお手伝いをしてきましたが、今年度からは客員教授としてさらに深く関わらせていただいております。現在、ひとつの実現すべき夢として、大学が劇場を持ち、その劇場が地域に開かれたコミュニティシアターとなる構想を描いています。大学には多くの人的資源があり、基本的に営利を追い求めているわけではなく、人材の育成こそが求めるところですから、コミュニティシアターとして最もふさわしい資質を備えているのです。そして専門家を養成する機関として、将来日本の舞台芸術や文化を育成する人材の修行の場ともなり得るでしょう。そのためにはどうすれば良いのか、今年の僕のゼミの課題です。早稲田大学は開かれた大学で僕のゼミにも多くの“もぐり”が混じっています。正規の受講生にとっても良い刺激を与えてくれるので大歓迎です。Gパン、Tシャツの学生の間にネクタイ、スーツのおじさんが加わって、芸術文化を論じている光景はほのぼのとうれしくなってきます。

 僕らの世代では日本の文化状況を改善することはできないだろうと思います。だからといって何もしないのは無責任です。一歩でも半歩でもより良い方向に船首を向けていく努力を惜しんではいけません。そして、それと同時にバトンタッチする相手を育ててゆくことが大切です。大学生たちと一緒にいると多くのことを教わります。新しい時代を作るには新しい発想も必要です。みなさんも是非、まわりにいる若者たちの声を聞き、芸術や文化について話し合ってみて下さい。目からウロコ、絶対保証します。

(株式会社シアターワークショップ 伊東正示)

(※ご意見ご感想はこちら


No.025


恒久的な仮設劇場
〜17世紀イタリア・バルマのテアトロ・ファルネーゼ〜
ヨーロッパに、舞台や客席の全てが木材で創られた古くて大きな劇場があります。
他に例を見ない不思議な劇場ですが、これには劇場の歴史を紐解く秘密が隠されている様です。

世界の劇場をイメージしたときに、まず思い浮かぶのはギリシア・ローマの野外劇場や、イタリア・フランス・ドイツ等の歌劇場でしょう。しかし、古代ギリシア・ローマの野外劇場から近代ヨーロッパ歌劇場へと連続的な発展を遂げたわけではありません。古代のローマ時代に俗悪化し台頭した剣闘等、残忍性の強いスペクタクルと共に、それまで上演されていた芝居等も廃止され途絶えてしまったのです。

劇場を追い出された演技者達は、旅をしながらパフォーマンスを続けました。彼らの舞台は各都市の広場へと展開しました。このパフォーマンスはコメディア・デ・ラルテに代表される様に、オペラやバレエの創造にも大きく貢献するほど発達し、やがて舞台装置等の演出面も本格化していきました。

時が経ちルネッサンス期に入ると、宮廷貴族がギリシア・ローマ時代を再認識することで芸術に興味を抱き始めます。貴族達は広場で行われていたパフォーマンスを自分達の敷地内に招聘しました。そして広場から庭へ、宮殿内へと取り込まれたパフォーマンスはより芸術的なものへと変化していったのです。

テアトロ・ファルネーゼはそのタイミングに登場しました。
この劇場はファルネーゼ宮殿の大広間に創られた、微細な装飾に至るまで木材を使用したU字型の劇場です。木材であることの理由、それは広場で展開していた仮設劇場の名残であったと捉えられます。客席の柱や壁は天井にまでは到達せず構造的に独立していることもそれを裏付けている様に思われます。


テアトロ・ファルネーゼ内観


「舞台装置と劇場建築の中間的な位置づけ」これがテアトロ・ファルネーゼの自然な理解であり、ゆえに「恒久的な仮設劇場」という不思議な存在を成立させているのではないでしょうか。

その後、劇場の歴史は仮設から固定化、巨大化し、宮殿から離れていきました。ヨーロッパで劇場が再び単独の建築物として独立し民衆の前に開かれるまでには、ローマ時代から実に700年もかかったのでした。
幸いテアトロ・ファルネーゼは改修を経て、現在も見ることができます。


テアトロ・ファルネーゼ平面図

今日の我々の目にはあたかも「外はしっかり創り、中のしつらえは堅く創らない」という理念で創られた劇場であるようにも映ります。そこに現代の設計における、矩体は頑丈に造るものの内装や部屋割り等の諸室計画は固定化せずに将来的な用途の変化に柔軟に対応しようとする理念と通じるものを感じるのです。

(株式会社シアターワークショップ 小林徹也)

(※ご意見ご感想はこちら