| No.055 |
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わかりやすい劇場建築の歴史(前編)
〜かたちの変化は、機能の変化!?〜
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劇場といっても野外劇場やオペラハウス、芝居小屋やコンサートホールといった様々な用途があり、又そのかたちも様々です。これらの劇場の「かたち」の変化について時間の流れに沿って述べてみたいと思います。
■古代(BC1C頃)
演技の場である劇場のはじまりは、演者を観る者が取り囲むところにあります。それは、演者に対して円弧状に観客が拡がる形態を自然にうみだしました。そして人数が増えるにつれて後方の観客が見やすい様に舞台は高くなり、客席も後方になる程高くなりました。この行程は古代ギリシアではすでに完成していました。もっとも、古代ギリシアでは巨大なヒナ段の客席は丘の斜面を削って建設されました。
一方、古代ローマの時代には丘の斜面から独立建築物として街中に進出し、コロシアムの様な巨大な円形劇場が建設されたのです。
■中世(AD10C頃)
中世に入ると古代ローマ帝国の衰退に伴い、スペクタクル化した巨大な円形劇場は過去の遺物になりました。またキリスト教の台頭により、小規模な演劇を行っていた演者達も居場所を奪われ旅芸人化しました。このことから中世は古代を否定することから始まったと言えます。しかし、演劇は宗教劇という形で再び姿を現します。
教会の中から始まった中世の劇場は、見る者(信仰者)と演者(神)の対面を軸とし、神をサポートする人々(使徒)が脇を固めています。演技の空間は、教会の内部を見てもわかる様に長手方向に舞台と客席の軸をおいた長方形をかたどっていました。やがて宗教劇は、教会から街の中心広場へと表現の場を変えていきました。
■近世(AD15C頃)
ここでは近代の前半を「近世」として述べます。「近世」とは主に「ルネサンス」と呼ばれた時期です。「ルネサンス」は「再生」を意味し、「古典復興」等と解釈されますが、その「古典」とは、古代ギリシア・ローマの文化を示します。
この頃、各地において宮廷や貴族は権力と富を得、イスラム世界から古典の情報を得ることにより文芸復興に力を入れ始めました。街の中心広場では宗教劇を引き継いだ舞台が行事として恒例化し、中世に居場所を失った演者達もそれに合流していました。そこで貴族達はこの広場での上演を自分達の宮殿の中へ取り込みはじめました。それと同時に、演技の場となる宮殿の広間に古代ギリシア・ローマの劇場建築の様式をも取り込もうと試みたのです。
しかし、そこに問題が生じます。古代の劇場様式は正円や正多角形を基本としたものです。一方、宮殿の広間は街の中心広場と同く長方形をしていました。
■まとめ
「ルネサンス」を一言でいえば、「様々な要素を組み合せ、何か新しい価値観を生み出す期間」となるでしょう。劇場でもこの期間に中世から引き継いだ広場の演劇と古典の劇場形式を合わせるという難問にとりかかりました。その答えを2つ紹介します。
- テアトロ・オリンピコ(ヴィツェンツア、1580)
- 古代ローマの円形劇場を復興させた劇場です。ただし、舞台側にはパースペクティブ(遠近法)を用いた舞台セットを常設するために正面の席を多く作る必要があり、半円を扁平する工夫がなされました。
- テアトロ・ファルネーゼ(パルマ、1628)
- 詳しくは以前にニュース(vol.25)で紹介しましたが、広間の長手方向に舞台と客席の軸を設け、客席は長方形に適合すべくU字型を形成する工夫がなされました。
ルネサンスでの矛盾への試みは、その後に続く馬蹄形への発展への大きな一歩を踏み出したと言えそうです。
〜つづく〜
※出展:THEATRES,Simon Tidworth , 1973 図1〜3
(株式会社シアターワークショップ 小林徹也)
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No.056 |
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行ってきました!さくらホール!
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先月オープンしたばかりの、北上市文化交流センターさくらホールの施設見学に行ってきました。ホール管理の現場に常勤して約2年。滅多に出張することのない私は、気合をいれて臨みました!
■さくらホールは…
東京から、新幹線で約3時間半。北上駅から、タクシーに乗って5分もすると、のどかな風景のなかに、ガラス張りのちょっと変わった形の建物がみえました。エントランスロビーには、今日の公演の出演者と思われるたくさんの学生がいて、大変賑わっておりました。また、ご家族連れやご年配の夫婦も多く見受けられ、早くも市民の憩いの場として定着し始めているようです。サービスセンターも開放感があり、利用者は職員に気兼ねなく声をかけることができそうです。市民が活動し、利用する場所にはこういった雰囲気は大切だと思います。
小ホール・中ホール・大ホールのほかに、アートファクトリーというエリアがあります。さまざまな目的に応じた幾つもの部屋があり、利用者の創作意欲をかきたてそうなエリアです。それぞれのホール・部屋につながる導線も、いくつかのパターンによって変えることができます。細かく部屋割りされていながら、それらをひとつのステージとしても利用することすら可能かもしれません。利用者次第で、変幻自在となりそうです。
ところでセンター内を見学しているなかで、実はずっと違和感があったのですが、一周見終わるとその訳がわかりました。それは、ガラスの多さです。外見からもわかるように天井・壁の大部分はガラス張りになっており、各練習室はまるでガラスのキューブです。地方の公共ホールというと、つい「厚い壁の四角い建物」を連想してしまうのですが、さくらホールは違います!自然光を充分に取り入れながらも、大げさにならない間接照明が適所にあり、安らぎを与える空間が創り上げられています。
ただひとつ気になったのは、センター内のサイン類です。方向音痴の私は、現在のサインだけでは少し不安になりました。特に、老若男女が利用対象となる公共施設です。子供や高齢者に、もっと分かり易いサイン(案内図も含めて)が必要なのではないでしょうか。
生まれたばかりのさくらホール。これから、利用する市民と共に素晴らしいホールと成長していくことを期待しています!
■自主事業は…
12月21日の公演は、『10人のミラクルトランペッター クリスマスコンサート』という、市内の中・高校生との合奏を含む演目でした。来場者の年齢層は幅広かったのですが、スタンダードな曲目で大変聴きやすかったのではないでしょうか。
これからも、自主事業は続々と続くようです。市民の参加意識・利用意識を高めるのも、ホールの大きな役目だと思います。いろいろな利用方法によって、さまざまな違った顔をみせてくれそうなさくらホール。来月には、そして来年には、どのような顔をみせてくれるのか、非常に楽しみです!
(株式会社シアターサポート 井出奈かこ)
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