宮崎県の都城市総合文化ホールMJについてはすでにニュースでご紹介していますが、今回は平成18年7月22日完成記念式典、翌日23日プレオープンイベントの様子を報告します。
7月22日の当日は南九州地方は大雨でしたが、中ホールでの完成記念式典は無事に開式を迎えることができました。また、大ホールでは新都城市誕生記念式典が行なわれ、午後からはマルチギャラリーにて都城市文化協会からのピアノ贈呈式と演奏が行なわれました。
23日のプレオープンイベント当日もあいにくの雨で、一部予定していたイベントが中止になってしまいましたが、多くの市民の皆さんが集まり大変にぎやかに開催されました。
そのなかでも、大盛況だったのが施設見学ツアーで100人程度の申し込みがあり、2班に分かれてのツアーとなりました。レストラン「ほたる」もオープン初日でランチを楽しむお客様で賑わっていました。
これまでに毎週火曜日には大ホール及び中ホールの舞台、客席、楽屋をはじめ、創作練習ゾーンの練習室や会議室などの施設見学会を開催して5月には約800人、6月には約1000人を超える施設見学者が参加され、MJ友の会も個人会員・グループ会員合わせて1000名を超えていて、市民のみなさんの期待の高さがうかがえます。
10月22日のグランドオープンに向けて都城市総合文化ホールMJは更なる準備を行なっています。
都城市総合文化ホールMJは「ホールゾーン」「交流ゾーン」「創作練習ゾーン」の3つのゾーンで構成されています。
| ホールゾーン: |
大ホール(1,461名)、中ホール(628名)、楽屋、工房など |
| 交流ゾーン: |
マルチギャラリー、情報スペース、レストラン、共通ロビー、アートモールなど |
| 創作練習ゾーン: |
創作室、ワークルーム、練習室、会議室、和室、テレビ・ラジオスタジオなど |
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オープニングイベントや施設に関しては下記ホームページをご覧ください。
HP:http://www.0986.jp/mbunka/
(株式会社シアターワークショップ 松木 優)
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皆さん、文楽をご覧になったことはありますか?文楽とは、「語りと三味線と人形」による日本の伝統的人形劇のことです。日本の伝統芸能として「歌舞伎・文楽」と併記されているのにも関わらず、文楽の知名度は歌舞伎に比べ低いようです。最近は歌舞伎役者さんがドラマや映画で活躍されていることもあり、歌舞伎人気は順調に高まっているようですが、文楽は劇場に行ってもお年寄りの方が大多数…であることは否めません。私も初見では、独特の義太夫節と古典的言葉遣いにより何を言ってるのかわからず、加えて(上演時間がほぼ半日のため)座っていることが苦痛なほどお尻が痛くなり早く終って欲しい一身での観劇でした。しかし、「難解」「つまらない」といった先入観を取り払ってしまえば文楽はとても魅力的なものなのです。多少よこしまではありますが、文楽鑑賞の楽しさをお伝えしたいと思います。
■「語りと人形と戯曲」の舞台構造
通常、舞台というものは大きく分けてプロセニアム形式、アダプタブルシアター形式、様々なニーズに対応可能な「《超》多目的ホール」形式などがあり、使用目的や演出方法によって多様な使われ方をされます。それとは異なり文楽の「舞台構造」は、正面に人形遣いと人形が演じる場としての舞台機構、右手前方に語りと三味線が座る「文楽廻し」、そしてそれを見る「観客」といった独特かつ固定的な舞台構造になっています。そうした舞台構造になった所以は、本来文楽は大夫が語る義太夫節(=「戯曲」)が中心であり、義太夫と三味線が落語のように観客の正面で語るというのが本来のスタイルであったためと思われます。人形遣いによる人形浄瑠璃というものは視覚的にも観客を愉しませるため後に付随して生まれたものなのです。つまり、文楽というものは、語りと人形浄瑠璃と戯曲というそれぞれ独立したものがひとつの舞台で演じられる妙を愉しむものでもあるでしょう。
■ドリフ的「文楽廻し」
文楽が始まると、まず「文楽廻し」がパタンと廻り、語りと三味線が出てきます。その登場の仕方もまるでドリフのコントの様で初めて見た方にはとても新鮮に映るでしょう。
語りと三味線は物語の段(台本の区切り)ごとに変わるので、様々な語りを愉しむことも出来、自分好みの義太夫さんを探すのも一興です。私は伸びやかで華やかな竹本住大夫さんが好きですが、通の方だと低くて掠れた声で古典的義太夫節を謡われる義太夫さんを好まれたりもするようです。
■人形故のリアル
人形浄瑠璃は1体の人形を3人の人形遣いが遣います。足遣い、左遣い(左手)、主遣い(人形の頭と右手)のパーツごとの分担があり、主遣いまでの遣い手になるにはかなりの年月が必要とされます。人形の中身は空洞であるのにも関わらず人形が生きているように見える様はよく言われることですが、それだけでなく人形の日常的な細かい動作にこそ人形遣いの凄さが現れ出ているように思います。例えば、文楽では針仕事をする女性が針に糸を通すのに失敗する様、井戸から上手く水が汲めずに手伝ってもらう様など非常に細かい動作が丁寧に演じられます。そうした動作のひとつひとつは人形への親近感をもたらし会場に笑いを生み出すものでもあります。しかし、そういった日常的動作が、殺生をした刀を鞘に納める際にも「血の付いた刀を拭う」様で示されると、「人殺し」という非日常の世界が急に現前の「リアル」として観客に感じられるのです。文楽には人間ではない故に描き出せるリアルが沢山埋め込まれているのです。
■戯曲の「余白の美」
戯曲には、主殺し、主君に忠誠を誓うための子殺し、誤殺人そしてその結果の自害など殺生沙汰が数多く挿入されていますが、それらの多くはどんなに頑張っても自分の思い通りにならない世の中、望むと望まざるとにかかわらず不条理な世の波に呑み込まれている自分というものの存在の儚さ、無念さ、といった江戸時代の大衆心理が表現されているように思えます。
また史実的作品、例えば明智光秀の謀反を扱った「絵本太功記」には、数々の謀反の遠因は描かれますが、「何が明智光秀を謀反に向かせたのか」といった直接の原因は描かれないまま観客のイメージに委ねられます。そうした最後まで物語を描ききらない浄瑠璃作家の懐深さも戯曲を読む上で愉しむことが出来るでしょう。
これ以外にも文楽の魅力は尽きません。テレビの「泣けるドラマ」ではほとんど感情移入しない私が、時代的に距離があるはずの文楽中の母子の相関に心を揺さぶられ何度も泣きました。人間国宝の人形遣いがロープに吊られつつ人形を遣う「宙乗り」(見た目は羽織袴姿のご老人が舞台上でロープで吊られている)は歌舞伎にもジャニーズタレントにも負けないアクロバティックさとシュールさが愉しめます。そして何より、時間に追われている現代において、時間を気にせず半日かけて文楽を愉しむことは非常に贅沢でリラックスな気分をもたらしてくれるのです。
あなたも是非一度、文楽に足を運ばれてみては如何でしょうか。
参考HP:「人形浄瑠璃〜文楽」http://www.lares.dti.ne.jp/~bunraku/index.html
(株式会社シアターサポート 鈴木美弥子)
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